そのような中、私達投資家にとって「必読の書」と言ってもよいのではないかと思う書籍があります。
「人工知能が金融を支配する日」(東洋経済新報社)という書籍です。
孫子の兵法に「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」という有名な言葉がありますが、本書の著者はロンドンでトレーダーをしていた経験があり、数理ファイナンスの専門家でもあり、なおかつAIに関する知識にも精通していますので、現在の相場を理解する為にも、ぜひ読んだ方が良い書籍だと思われます。
ちなみに本書は2016年に出版されており、2018年現在においては、本書で書かれた内容以上にAIが進化していると考えるべきです。
その点はきちんと踏まえなければなりませんが、2016年時点の本書でどのような内容が書かれていたのかをいくつか紹介しますと、以下のようになっています。
・10の360乗のパターンを分析し、100万分の1秒で執行するロボットが、自ら学習する能力を身につけたとき、金融に人の居場所は残されているのか?
・いくつかの数理的運用に強いヘッジファンドも、近年、IBMやグーグルなどから世界のトップ級の人工知能の研究者を引き抜きする動きを加速させています。
・ロボットが闊歩しているのは株式市場だけでなく、為替市場や原油などの先物市場も同様です。
・その(超高速取引)スピードがどのくらい速いかというと、1ミリ秒(=1000分の1秒)より短い単位であることはもはや常識で、最近では数百ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒)単位の争いになっているといいます。
・100万分の1秒と1秒の違いは、1秒と11.6日ほどの違いになります。
・今後の2年、3年、5年といったタイムスパンを考えていけば、これまでのロボ・トレーダーを圧倒するようなロボットが現れるのはほとんど必然といっても言い過ぎではないでしょう。それは、過去の相場の動きだけではなく、取引可能なあらゆるデータのパターンを解析して、超高速で取引を執行することができるロボ・トレーダーであり、人間のデータ分析能力や取引速度ではとても太刀打ちできません。
さてそのような中、先週NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、データサイエンティスト・河本薫さんの仕事が紹介されていました。
日々膨大に生まれる「ビッグデータ」を分析し、ビジネスに革命を起こすアイデアを生み出すのがデータサイエンティストの仕事になりますが、河本さんは2013年に「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞した優秀なデータサイエンティストでもあります。
河本さんが言っていたのが、「今、データ分析にAIをツールとして使用する機会が増えてきています。AIはこれまでの解析方法に比べ、圧倒的にスピードが速く、時に、人間が何年もかかるような分析を15分ほどで行うこともできます」という事でした。
そして、ここで河本さんは非常に重要な事を語っていました。
「(AIによって)なぜその結論が導き出されたのかを人間が理解するのが難しい」という事です。
つまり、AIによって導かれた結論は正しいと思われるが、なぜそうなったのかを理解できないので釈然としないという事です。
これは前述の「人工知能が金融を支配する日」でも書かれていたのですが、人間が理解することができない領域に機械が踏み込んだ結果、仮に運用パフォーマンスが良かったとしても「なぜこんなにパフォーマンスが良いのか分からない」という話にも通じます。
「なぜ」という部分が分からない事には、釈然としないのが人間の感覚です。
一見、完全無欠に思えるようなAIですが、河本さんは「最後に考えるのは人間です」と語っていました。
「なぜなのか?」という事は、人間が把握しなければならない事だからです。
相場の世界でも同様に、人間がAIに対抗するには、「考える」という事こそが唯一の鍵だと私は思います。
金融業界では私と同様の考えを持つ人も多く、フィンランドのある大手機関投資家は「AIの現在の能力では、生身の人間に可能な複雑で将来を見越した分析を再現できない」「資産運用会社は投資判断の背後にある考え方を説明できなければならないが、AIでは何が起きたか見えない事が問題だ」と語っており、まさにその通りだと思います。
そのような中、先月「生身の人間にAIが負けた」というニュースが報じられました。
なんと、AIの成績が過去最悪になったとの事です。
それは前述の話で言えば「なぜAIがその売買をしたのか分からない」「なぜAIがマイナスになったのか分からない」という事であり、やはりそのようなマイナスは気持ちが悪いものだと私は思います。
結局突き詰めて考えますと、AIには「人間ならではの発想」で対抗すべきと思います。
しかし前述のような「過去の相場の動きだけではなく、取引可能なあらゆるデータのパターンを解析して」というAIに、人間がいわゆる「普通の対抗」をしても、ほとんどのケースでAIに分があるだろうと考えられます。
特に「100万分の1秒で執行する」ということもできるAIに、人間が短期売買で勝利を掴もうとするのは分が悪いと思います。
どうしても、「時間を味方に付ける」という発想が大事になってくるのではないでしょうか。
ここで前述の「生身の人間に可能な複雑で将来を見越した分析」という場合、文字通り複雑な分析を必要としますが、もしも対抗策として「100%に近い事」や「相場の真理」に基づいた考え方を取り入れるのであれば、誰にでも実践する事ができます。
「100%に近い事」や「相場の真理」でいえば、例えば以下のようなものが考えられます。
・1ドル=1円になる事はないだろう
・1ドル=200円になる事はないだろう
・値段は動く
・耐えていれば、いつかは利益確定ができる
ここでさすがに「1ドル=1円」や「1ドル=200円」は極端過ぎますので、本手法では週足の±3σを採用しているという事なのです。
そして「値段は動く」「耐えていれば、いつかは利益確定ができる」という考えに基づいて、きちんと逆算したポジション量でナンピンを行い、勝利に繋げるようにしているのです。
しかし、それでも正直なところ、相場の値動きは年々おかしくなっていると思います。
上がって当然な場面で下がる、下がって当然な場面で上がる、値段が動いて当然な場面で値段が動かない、といったような事が多々あります。
これは、多くの専門家も同様の指摘をしています。
AIが台頭し、AIによる売買の「なぜ」が分からない以上、ある意味おかしくなって当然なのかもしれませんが、AIを「不可解なもの」と割り切っておけば、「不可解なものにどう対抗するか」と考えられるのも人間ならできる事です。
いずれにせよ、「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」です。
本書の著者は「日本人は裏舞台の実態に無知すぎる」と警鐘を鳴らしていましたが、現在の相場に向き合うにあたってAIは無視できない存在になっていますので、AIについて知る意味でも、本書をお読みいただければと思います。